瀬戸内海を渉る(十八次 瀬戸内カヤック横断隊 備忘録)その4

四日目 佐島南(延光寺横の浜)

4時に起床。昨日より一時間はやくアラームをセットした。まだ外は寝静まっている。足の捻挫は・・・・前日よりかなり痛みが緩んでいる。ロキソニンって凄えなぁ!!とゆうかヤバい薬なのでは!?と効用に慄く。
6時半のブリーフィングまでのパッキングで遅れをとり他の隊士の手を煩わすようでは、リタイヤも判断しなくてならない。早々に準備を始める。テントの中でいろんなポーズで七転八倒しながら昨日の湿ったウェアに着替える。最初は冷たいが着ているうちに体温でマシになるだろ。雑炊(コンソメ味)を温めなおしてさっさと胃袋に詰め込む。
右足に体重を乗せると痛んだが、パドルを杖代わりにゆっくり歩くことが出来た。よし!
暗闇の中、干潮で引いた波打ち際まで、空荷のカヤックをズズズ…ズズズ…と右足を庇いながら少しづつ引きずってゆく。音だけ聞いたらウミガメの歩みのようである。(-_-;) まともに歩けないで転がってばかりいたのでテントの中は砂だらけになっていた、防水バッグの荷物を少しずつカヤックに運んだ。そんなこんなしているうちに、今朝もちゃんと便意がくる。暗闇で四苦八苦しながら用を足した・・・昼間に漕いでいる最中にトイレに行きたくなるよりはマシなんだろう。と苦笑い。(^皿^;)

ブリーフィングまでにほぼ自力でパッキングできた。右足以外は元気だ。歩く旅なら無理だったけどカヤックなら漕げるはず。このまま一緒に連れて行ってほしいと隊士達に伝えた。本人が自ら退かない限り、横断隊は置いていかないと言ってくれた。

こうして、折り返し四日目のスタートを切ることができた。
佐島の東側を北上する横断隊を朝日が照らす。水平線から顔を出してすぐ太陽の熱エネルギーを感じる。凄い存在感!! 雲一つない晴天、海況は良好だ。

この日のリーダーは工藤タクロー隊士。尾道在住のフェザークラフト乗りで経験豊富な、瀬戸内のベテランカヤッカー、原隊長からの信頼も厚い。
毎朝、自分の準備が終わると、ユージさんのお手伝いをする、優しい男前である。

弓削島の北側を通過し、横島へ渡る海峡は大型船が次々と通過する航路。船の大きさ近さに慄く。
タクローさんの統率で、大型船を避けながら横島へ横断。


捻挫した右足は、僕のカヤックにラダーはないので、右のステップを最奥までずらし、柔らかいウォーターバッグに右足を乗せた。その分左足のステップをしっかり踏んでパドリングした。漕いでいるときはほとんど痛みはなかった。しかし、まだ旅路は4割ほどだ、先は長い。
皆が、万全とゆうわけでもなかった。手にいくつもマメをつくる者、腕や背中が筋肉痛の者、アオヤマ二等兵は下痢に悩まされていた。日を追うごと、漕いでいくうちに「体が出来上がる」そうゆうことままある。
しかしユージさんはそうはいかなかった。
太田ユージさんは、横断隊の初期からの隊士。内田正洋前隊長のラグビー部の後輩で、先輩の一声で参加したそうだ。8年前に前隊長からハラ現隊長に代変わって、60歳を越えてなお参加している。「夜の横断隊長」と呼ばれ焚火を囲む反省会では、皆を笑わせ、時に叱咤していた。「ワシはカヤッカーじゃない。」と言っていたが、後で真意を他の隊士から聞いた。瀬戸内カヤック横断隊以外でカヤックに乗ることはないのだと…えっ?普段まったく漕がないで毎年11月だけ250㎞もキャンプツーリングするって!?驚いた!凄いな~(◎_◎;)

そんなユージさんも、二日目くらいから腰か尻を痛そうにしていた。その深紅のカヤックのシートと尻の相性が悪いのか、タクローさんと二人で当たる部分をいろいろ調整していた。
この日、遅れ気味になることを危惧し、自らフォーメーションの一列目を志願して、リーダータクローさんとカイセー少年と並んで漕いでいた。

時よりペースが落ち、その後ろ姿は、辛そうに視えた。それでも黙々と漕いでいた。横島~田島~小室浜海岸までは東風を受けながら我慢の漕ぎに時間になった。13時ころ、広島県福山市の小室浜で少し遅い昼休憩となった。上陸するときは、クニーさんアオヤマ二等兵が体を支えてくれた。ほとんど要介護者で申し訳ない。(>_<)
スープジャーの昼飯は今日も不味かった。(-_-;) 熱々のピッツァの差し入れがあり、嬉しかった。

陽が少しづづ傾き、ムラカミ副隊長のベース「村上水軍商会」がある鞆の浦まで漕いできた。ここはスタジオジブリの「崖の上のポニョ」の舞台である。
そして、とうとうユージさんはここで途中離脱することになった。
ユージさんは、一言も発せず、振り返ることもなく、雁木の残る岸に上がっていった・・・
何度も共に瀬戸内海を渉ってきたメンバーたちには、各々思うところもあるだろう。感慨深いシーンになった。
でも、なんだか「引退」してしまうような、そんな雰囲気になって。個人的には、「今回はお尻が痛くて耐えられなかった!!次回はシート改善して、ふたたび!!」という感じで。それで良いのではないかと思っていた。(^_^)また来年漕ぎましょう。


となりの仙酔島の南の浜で、ユージさんのサポートの為に上陸したムラカミ副隊長とユートを待った。

15:00になり陽が傾き、皆まったりモードになっていた。今夜はどこか近くのビーチかな?
二人が戻ったところでタクローリーダーが目標を5キロ先の走島へと再設定し「前進するぞ!」とゆう気概を見せた。皆が顔をあげて、ふたたび漕ぎ始めた。

前半の三日間、いまひとつ距離を伸ばせないでいた。もしかしたら今回ゴールに届くのか・・・
そんな空気を、タクローさんが蹴っ飛ばした。(≧▽≦)赤穂いくぞ~♪


日没近くに、走島の唐船天女浜へ着陸した。
相変わらずクニーさんのロキソニン湿布頼りだが、痛みも軽減してきて、パドルを杖にしてピョコピョコ歩けるようになった。(^_^;)

それにしても毎晩の雑炊がよろしくない。(>_<)
そもそも日持ちすることばかり考えて、食材の選び方に失敗していた。炭水化物=米 食物繊維=ネギ 植物性タンパク質=高野豆腐 動物性たんぱく質=魚肉ソーセージ それを「ぶっこみ雑炊」にしてしまえばなんて甘い考えだった。味もたいしたことないのだが、何より「彩り」が酷い、初日、二日目はまだネギの青い部分があったからまだマシだったよ。(画像)

ところが、三日目以降になったら、ネギの白い部分を使ったら、「白に淡いピンク」の食べ物になってしまったのだ。まったく視覚的に食欲が湧かない!!食ってみたら中華っぽいとかコンソメっぽいだけ。それを三食どころか毎日続けるなどと、愚策もいいところだ、まったく俺をバカにしてる!!(俺のしわざだけど!!)
作戦失敗!敗北宣言である。(ToT)/~~~

4日目の夜は、普通に白米を炊いて、魚肉ソーセージとネギを炒め、念のため持ってきたフリーズドライのお味噌汁で美味しく食べられました。そして自家製ベーコンブロックを持ってきておいて本当に良かった。(^_^;)

そして、差し入れていただいた牡蠣が本当に美味しかった。

身がぷりっぷりで(◎∀◎)♪ビールが呑みたかったけど、捻挫に悪いので我慢しました。残念~(>_<)

佐島~走島 39.4km

※specialThanks 今回もまたまたまたマーさんの画像を使わせてもらいました。ありがとう。


瀬戸内海を渉る(十八次 瀬戸内カヤック横断隊 備忘録)その5 へと続く。

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